どんこのブログ

おかあさんの覚え書き

生きづらさ

物販のパートをしていた時、店長に出入り禁止にされた常連さんがいた。
その方は必ず、女性にレジをうってほしいと頼んできて、気に入らないことがあったりすると「絶対に許さない」と言って、わりといつも憤っているような人だった。
「気に入らないこと」の理由はよくわからない。入店時に既にプンプンしている時もあったし、男性がそばを通ったら怒り始めたりすることもあった。
でも、ちゃんとレジには並ぶし、支払いもきちんとしてくれるし、なにより常連さんだったので、パートの私たちはあまり気にせず対応していた。さすがに「絶対に許さない」発言をし始めると、少し驚くお客さんもいたけれど、店員は慣れているし、常連客の多い店だったので、なんとかなっていた。
ある日、「絶対に許さない」発言をし始めたそのお客さんに、店長が出入り禁止を言い渡した。
店長が男性だったから、というのもあったと思う。店長はその時キレていた。
あのお客さん、今はどこでパスタ買ってるのかな、とたまに思う。

おそらく生活能力はあるけれど、人との交流があまり上手くできない。感情表現や社会との交流をフォローしてくれる人とかはいないのかな、とか。
私は専門家じゃないので、具体的にどうすればいいのかはわからないけど、物理的な障壁より取り除くことは難しい気がする。
と、ここまではバリアフリーの話。

 

私はわりと大雑把で寛容な方だと思う。私の家族(夫、娘、息子)は私より大雑把で適当な人達なので、一緒に暮らしていてイラっとすることもある。
高田純次さんと柳沢慎吾さん足した(2で割らない)ような息子とか、こんなこと、教育上良くないとわかっていてもつい言ってしまう。
「ちょっと黙れ」って。

まぁ、今の家族の話は置いといて。そんな細かいこと気にしない人間の私でも、自律神経失調症になったことがありました。
小学校高学年で中学受験の勉強をしていた時期でもあったけど、そこは大雑把人間ですのでかなり適当にやっていて、通塾生活を楽しんでいたぐらい。
その頃はちょとハゲもできたりして、髪の結び方とか母が気を使ってくれていた気もする。動悸を感じることが多かったので、近所の内科で診てもらった結果、自律神経失調症ということだった。

動悸の原因が精神的なものとわかったときに、母が何と言ったかはよく覚えていないが、他人に聞かせられないみたいな雰囲気だったと思う。昭和な話なのでね。世間体とかを気にする。
両親の夫婦仲は良いし、姉も歳が離れていて可愛がってもらっていたし、平和でちゃんと愛されていたと思う。ちゃんと理解されていたかは別として。
私の自律神経失調症の原因は言わずもがな。
ただ、動悸が精神的なものとわかったのと、母の反応で私はいろいろ諦めたのが良かったのかもしれない。
過干渉な人達ではなかったから、それでなんとなく体調管理は上手くいった。
今思うと、なにが怖いって、本人が医者に言われえるまで、ストレスに全く気付いていなかったってことだよね。

寛容な人間が寛容じゃない人間にストレスを感じたり、逆もまた然り。

気にしていなくてもストレスにはなっているし、気にするなと言われて気にしないでいられたら誰も苦労してない。

会話してお互いの許容範囲を上手く譲歩しあえればいいのだが、話が通じなかったり、解決したと思ったら堂々巡りになったりすることもある。会話自体も体力が必要だし、最悪ダメなら離れればいいって思う。でもそれが簡単に離れられない相手だと本当に大変。
私みたいに期間限定の現実逃避で済ませることができるレベルならいいけれど、体調不良がひどくなる前に誰かに相談するべき。今は小中学校でも悩み相談ダイヤルのカードみたいなのが定期的に配られてる。

性格とか、固定観念とか、思想とか、世間体とか、風習とか、あわないと生きづらい。生きづらさを減らしていくのはお互いの寛容さだと思うけど、無理してそこに留まらなくても自分にあったところに逃げるのもありだよね。